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乙塚古墳

さて、いよいよ本命の乙塚古墳です。
これまで円墳と思われてきましたが、最近の調査により
一辺が27mの方墳であることが確認されました。


開口部。

開口部前に立って感じるのは、その大きさです。
前庭部まで含めると、何と全長18.6mにも達する
超巨大石室。
隣の段尻巻古墳より二周りは大きく感じます。


Σr(‘Д‘n)デカッ?!


柵がありますが、施錠はされておらず自由に見学可能。

羨道。

段尻巻古墳と同じく、玄門部の石材が一段下がっている
形式ですが、そのスケールは雲泥の差。
さすがに、国指定史跡だけのことはあります。

玄室。

玄室もこれまた巨大。
玄室中央部が膨らんだ、胴張りのある石室です。
側壁は巨石の三段積み、奥壁は巨大な鏡石と、
何から何まで段尻巻古墳に酷似しています。
これでは、段尻巻古墳がこの乙塚古墳の陪塚と
考えられていたのも、無理からぬことですな・・・


(;´Д`)スバラスィ ...ハァハァ

玄室から開口部。

両袖式。

・・・それにしても、この天井石の巨大さはどうよ?!
さすが国指定の風格ですな・・・


(*´д`*)パッション!!

羨道から開口部。

案内してくださった方に話を伺うと、この乙塚古墳、
唐尺で設計されている点からして、7世紀中葉ころの
終末期古墳に間違いないとのこと。
この終末期に入ると、近畿では前方後円墳に代わって
大型の方墳が築造されるようになります。
(石舞台古墳や、推古天皇陵など)
その流れが岐阜地方にも及んで、大型の方墳(可児市の
川合次郎兵衛塚1号墳や垂井町の南大塚古墳など)が
築造されたようです。
この乙塚古墳の被葬者も、近畿の勢力と関わりの深い
有力者、もしくは近畿から派遣された高官だった可能性も
考えられますな。


( ゚д゚)都じゃ方墳がトレンディらしいYO!

Σ(゚Д゚;エーッ!


この古墳もムービー撮影しましたので、段尻巻古墳と
見比べてください。

      乙塚古墳    総合評価              
   ビギナーお薦め度  岐阜県最大級の石室。 とりあえず見学しましょう。
   マニアお薦め度  綺麗に整った巨大石室。 整いすぎてマニア的には何か  物足りない感じも・・・
  交通アクセス状況    駐車スペース無し。 下車後徒歩約1分。
  観賞のポイント  胴張りの整った石室。 側壁の持ち送りの状況や、近畿の石室との関連に
 留意して見学してみましょう。
  その他の注意点    ライト推奨。



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